ページ

2016年2月13日土曜日

「索引」を作る意味と「言語感覚」

現在、平安時代末期成立の説話集『注好選』の漢字総索引を整備しています。この原形は、23年前の卒業論文に付けた資料の一つでした。その後、この索引は日の目をみることもなく、手元において使っていましたが、この度、某報告集に発表しようと思い確認と修正を行っている、というわけです。

大学3年生の時に卒業論文テーマを選ぶことになった際、指導の先生の「この資料はまだ総合的に研究した人がいない」という言葉に惹かれ、変体漢文/和化漢文で書かれた文章の研究に入りました。ところが、「総合的に」語学の研究をするということの意味がその時の私にはよく分かってはいませんでした。

一つの資料(文章や作品)の言語の実態を解明しようとすれば、そこにある言葉のすべての「用いられ方」を、音韻・表記・文法・語彙といった様々な観 点から把握していく必要があります(本当は、「そこにある言葉のすべて」がその外側にある言葉とどのように関わっているか、を知ることでもあるのですが、 ここではそれは措くとして)。では、「そこにある言葉のすべて」はどのように把握されるのでしょうか。私が取り組んだやり方は、索引の作成でした。すべて の語(私の場合はとりあえず漢字)について、何種類の漢字がどの場所に使用されているかを一覧するのが索引です。さらには一字一字の「用いられ方」(訓読 み/音読み/単字熟字/文法的要素/古辞書等での記載状況)の情報を付加する場合もあります。

さて、私が卒業論文を 作成したころは、「ワープロ専用機」(懐かしい!)が一通り普及してはいましたが、今のように文章作成のみならず、文系の研究活動に関わる種々の作業をパ ソコンで行うという時代ではありませんでした。したがって、データを記載して、並べ替えて、まとめて、というデータ整理の過程をすべて手作業で行いまし た。漢字一字について一枚、カードを作成して、そこに見出し字・所在・用例・付加情報を書き込み、すべてのカードを取り終えたところで、それを分類・整理 して索引化するという方法です。『注好選』の場合は、カード(漢字)が25,000枚を超えました(研究対象としては、特別に多いというわけでもありませ ん)。

索引作成のベースとなった翻字本文。捨てられずに保存してあります(勿論カードも)。20年以上前、私はこんな字を書いていた…勢いあまって所属を旧字体で書いたり。


夏の暑い盛りに、扇風機も使えずエアコンなどはついていない演習室で、窓を閉め切って(風が入るとカードが飛び散ってしまうのです)、黙々とカード整理を行う、というのが私の卒業論文作成の前半でした。カードを取り終えても、その後はカードを見出し字毎にまとめて、漢和辞典の排列に従って並べ替えるという作業があります。ほとんど「力業」の卒業論文だったかもしれません。当時の友人にも「いつ見てもカード並べてたよね」とよく言われます。

もちろん、索引は作ることで完成するものではありません(変な言い方ですが)。それを使って何を考えるか、研究にどのように活かすかが最も重要です。ですから、索引の整備されていない資料を研究しようとする人に、例えば卒業論文でこの膨大な作業を(今では随分楽になったとは言え)やりなさい、とはなかなか言いづらいなあ、と私は感じています。しかし、この肉体的な作業の過程が、研究上まったく意味を持たないかと言うと、何か重要な部分がそこにはあるような気がします。

一つのまとまりとしての言語資料は、そこに含まれる一つ一つの要素(言葉)が内部で関連し合って、また外部とも繋がり合って「まとまり」を作っています。私たちはその「まとまり」を種々のレベルで明らかにしていこうと研究を行うわけです。その際に、自分の目にとまったある一点から資料全体の言語の有り様に迫ることはできない訳ではありませんが、やはりそれは全体を捉えるには遠いと言わざるを得ません。ただし、種々雑多で膨大な量の情報がある場合、それをいきなり「まとまり」として見ることが難しいのも事実です。

では、どのようにして「部分から全体へ」という道筋をつければよいのか。いろいろな方法があるとは思いますが、索引を作るという〈考えること〉とは真逆の〈作業〉の意味も案外その辺にあると私は考えています。平安時代の人々の言語感覚は、現代の私たちとは随分違っています。カードを一枚一枚作っていくこと、その一枚が他の一枚とどのように関わっているかを考えることは、私たちの言語感覚を古代の人々のそれに近づけ、重ね合わせていく作業でもあるのです。まず初めの「部分」をどこに見出すか、という発想も、この感覚に支えられてある部分が大きいように思います。

索引作りも今では随分楽にできるようになりました。どなたかチャレンジしてみよう!という人はいませんか(笑)



0 件のコメント:

コメントを投稿